7.09.2018


ブログというものは、もう完全に「オワコン」なのではないかと思う。僕がブログを始めたころは、まだ結構沢山の人が書いていた。しかし、ほとんどの人はやめてしまったか、あるいは冬眠状態になっている。

やはり「手軽さ」という点で、その他のSNSに勝てないのだろう。ブログを書くということは、それほど簡単なことではない。書くことがなかったり、あるいは、文章を書くということ自体、簡単でなかったりする。その点で(僕が知る限り)ツイッターとか、他のSNSに取ってかわられたのだろう。それはそうと、現在愛読しているブログが二つある。直接本人に会って確認したわけではないが、両方とも筆者はおそらく

・50代。
・世間一般的にいって、裕福である。かなり社会的地位が高い。
・しかしもうほとんど物欲はない。
・どことなく「死」を意識している。

なんとなくだけど、両者とも「仕事」にあまり人生の意味を見出していない気がする(かといって適当にやっているわけでもない)。

随分前置きが長くなった。何がいいたいかというと「自己実現」のために仕事をそんなに頑張っても、仕方がないんじゃないか、と最近思うのである。

知人に、すごく仕事が好きな人がいる。それ自体は素晴らしいことだが、問題は、この人は仕事で成果を出すために色々と汚いことをするのである。ここで彼のやり方を非難したいわけではない。そうではなく、それほどまでして「成果」なり「クレジット」を追及しても、結局は空しいのではないか、と思うのだ。

もっとも、僕と彼は完全に違うタイプの人間なので、彼自身はきっとそう思わないだろうし、これからも考え方は変えないだろう。そのこと自体はどうでもいい。

ただ僕自身は、もう仕事の上での「成果」なり何なりを、少なくとも汚いことをしたり、あるいは他者を傷つけてまで追求しようと思わない。先のブログの筆者の方の表現を借りれば、「それによって何事かが成し遂げられなくても構わない」と思うのだ。

ここまで書いてきて、唐突ではあるが、やはり「走ることは素晴らしいことだ」と思う。これほど自足的で、シンプルで、幸福になれる行為はないのではないか?走ることの充足感と幸福感があれば、それでいいのではないか?

もう一つ。物欲がなくなった、とは何回も書いているが、もう「知識欲」みたいなものもほとんどない。百科事典的な知識とか、あるいは「ドイツ語もフランス語もしゃべれるようになること」みたいな欲望もない(ドイツ語の学習自体は楽しいが)。

ただそれでも、人生観あるいは僕自身の刷新をもたらすものがあれば、受け入れたい。

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