11.06.2017


歩くということと書くということについて、何回も何回も何回も同じことを書いている。

そして結局気が付いたのは、これが僕の禅だ、ということである。つまり歩くことと書くことにより、僕の心は平静を得る、ということである。僕は僕自身を平静にするために歩き、僕自身を平安にするために書く。

静謐な暮らしの中の平安を得た精神。これほど価値があるものがあるだろうか?

人生の無意味さについても度々書いている。しかし僕は虚無主義者ではない。

よく被写体として樹を撮る。樹々は、この世界における最も美しいもののひとつだと思う。静かで、力強く、奥が深い。大きな存在だ。

しかし、同時に少しだけ狂気のようなもの、あるいは暴力的なものを孕んでいると思うのは僕だけだろうか。

人によってそれぞれの「禅」があると思う。僕の言う「禅」とは「人の心を落ち着かせる何か」だ。それは僕にとっては散歩であり、書くことであり、ファインダーを覗くことである。

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