5.02.2017

Keiserwerth


ツイッターをやめた。やめた、といってもアカウントを削除したわけではなく、アプリを削除しただけだけれど。

なぜやめてしまったかというと、要すれば、ツイッター上の醜い言葉に堪えられなくなったからだ。

僕自身は、ツイッター上で人とやり取りをしたことはない。しかし、たとえば今日、あるジャーナリストとある個人とのやり取りを読んでいて、非常にうんざりしたのだ。

村上春樹は、どこかで、インターネット上の言説空間を「抜き身の刃物が飛び交っているようなもの」と形容していた。まさしくそのとおりだと思う。

ツイッターの代わりに何をするか?村上氏は「モーツァルトを聴いて、ディッケンズを読め」という。まさしくそのとおりだと思う。

古典は素晴らしい。

というわけで僕は、ひきつづき、バッハとベートーヴェンを聴いて、コナン・ドイルを読む。

ホームズは、自らが捕まえた犯罪者を「This gentleman」と呼ぶ。自分を殺そうとした(でも返り討ちにして滝に落とした)モリアーティ教授を、「lamented」(惜しむべき)と形容する。教授がいなくなってから、ロンドンは全くつまらない街になった、とまで言う。

ホームズの英国紳士ぶり、犯罪者に対してさえ表する、ある種の敬意に、僕は敬意を表する。