2017年2月27日

Keiserwerth


M10が出た。間違いなくいいカメラだろう。

M型も、デジタルになってから数年たった。デジタルカメラ自体、フィルムカメラに比べれば歴史は浅いわけであるが、もはやどのメーカーのデジタルカメラも、技術的な面や「スペック」は問題ないように思える。

問題ないというのは、モニター上で鑑賞したり、プリントして鑑賞するには、という意味である。

10年前発売のM8ですら、というかM8ももちろん、鑑賞にたえる。最新のデジタルカメラに比べて陳腐化している、ということはないと思う。もちろん高感度が弱いとか、モニターがひどいとか、いろいろあるわけではあるが、基本的には問題ない。

また前置きが長くなった。

「採光窓」について書きたいのであった。そして結論をいえば、「デザインの力というものはすごい」といいたい。

Mシリーズが「240」になったとき、あのギザギザの採光窓が省かれてしまった。そして僕はそのとき、一挙にM型への興味を失ってしまったのである。そしてそれは間違いなく、デザインの問題なのである。

240以降をけなしているわけではない。デザインというものは究極的には主観の問題だと思うので、要するに僕の好みではない、というだけである。人によっては「よりシンプルになった」とか「すっきりした」と、好感する人もいるだろう。

よくライカのあの「赤バッヂ」について意見が分かれるが、あれも要するに主観というか感覚の問題なので、どちらがいいとか悪いとかの問題ではない。要するに好みである。あれを可愛いと思う人もいるし、下品だと思う人もいる。どちらもありである。

しかし僕がびっくりしたのは、採光窓をなくす、というデザイン的に大きな変更を加えたにもかかわらず、あまり大きな批判や反響がなかったことだった。あったのかもしれないが、あまり聞かなかった。まるで何事もなかったかのように、すんなりと市場に受け入れられたような気がする。それが僕には驚きであった。

というわけで、僕にとってライカへの興味はM9系統までなのである。M3~M9までであり、それ以降は、もはや関心のない、なにか「別のもの」になってしまった。そしてそれは、ある意味で僕にとっては幸せなことであった。これについてはまた別に書きたい。

ここでデザインの力というのはすごいなあ、と思うのである。これほど強く僕がライカに惹かれるのは、まず第一にあのデザインなのだ。そしてその力というものは、たとえばあの採光窓のあるなしとか、バッヂの色とか、あるいはボディの厚さとか高さとか、そういった小さな差異が総合的に生み出すものによって生み出されているのである。