1.02.2017

Dusseldorf


写真が趣味の人がよく使う言葉で、機材、というのがあるけれども、少し大げさだなと思う。

要するに、どのカメラを使っているか、という話なのだけれども。

僕はカメラは3台しか持っていない。レンズも2本しか持っていない。

おそらく、写真が趣味という人にしては、少ないほうだと思う。

そんなにたくさんのカメラやレンズを買うお金がない、という理由ももちろんあるのだけれど、仮にお金があったとしても、これ以上カメラやレンズを買おうと思わない。

僕は貧乏性なのかもしれない。自分個人のために10万円以上の買い物をしようとすると、なにか不安感というか、さらにいうならば、罪悪感を感じてしまうのだ。そういう意味では、X2は僕が「ライカ」と名のつくものを買う最後になるのかもしれない(10万円しなかったけど)。

なぜだかわからないが、高級なもの、あるいはそれを所有することに対して、不安感や罪悪感を感じてしまう。

以前ドイツでレンタカーを借りたとき、何かの手違いでアウディが出てきた。たしかR6だったと思う。これは間違いなく、僕が今まで乗ったクルマの中で、最高のクルマだった。

しかし、乗っていて落ち着かなかった。フォルクスワーゲン(Volkswagen)のほうが、ずっと安心するのだった。つまり結局のところ、僕は「Volk」であり、さらにいうならば、自分が「Volk」であることに安心しているのだろう。

じゃあなぜ、カメラに関してだけ、決して安くはないそれをもっていて罪悪感を感じないのかというと、これだけは自分に許しているから、であった。服にもクルマにも時計にも、僕はお金を使っていない。カメラくらい許されるだろう、という理屈である。

他人からすればどうでもいい話だが、僕の中で、そのような論理が成立しているのだった。