1.05.2018


インスタグラムに罪はないし、インスタグラムをやってもいないが、「インスタ映え」という言葉が大嫌いである。

感受性の違いなので、馬鹿じゃないかとまでは言わないが、到底理解できない。

先日、朝日新聞の記事に「友人をレンタルして、誕生日パーティーを開いて、そのパーティーをインスタグラムにアップする」なんていう、到底正気とは思えない行いがあった。

友人を「レンタル」して誕生日パーティーを開く?

!?

全然理解できない。

そこまでして、見栄を張りたいのか?

なぜ人は、こんなにも他人から「惨めなやつ」と思われるのを恐れるのだろう?

どうして人は、フェイスブックやインスタグラムで「裕福で、美しくて、頭が良くて、センスが良くて、友達が多くて、クリエイティブ(笑)な仕事をしていて、若くて、毎日が充実している自分」を演じるのだろう?

興味深い問題だ。

自慢じゃないが、僕の人生はそこそこ惨めだ。少なくとも今日の僕の午後は、すごく惨めだった。

今日の午後僕が考えていたことは、どうして僕には友達がいないんだろう?ということと、この年から友達を作ることってできるのかな?ということと、ショーウィンドウのズミルックス35ミリ(中古)を見ながら、3,500ユーロは払えないよな、ということと、ビールでも飲むか、ということだ。これが惨めでなくて一体何だ?

というか一度書いたが、本音を言えばアレンが言うように、誰の人生も惨めだと思っている。

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