11.12.2017

老人と若者


昔から、金もうけというものをしたくないと考えていた。

できないからではない。リスクが怖いからでもない。

僕が一番恐れていたのは、金もうけに邁進するにつれ、何か大事なものを失うのではないか、ということだ。

利潤の追求とか、最大化とか、どういう言葉でいおうと同じだ。

カネを儲けること、儲けようとすること、それは人の心を歪める、と僕は思う。誰にも納得して貰えないだろうけど、そう思う。

金もうけは、人の心を歪める。

このように発言することは、おそらく政治的に正しくないだろう。カネもうけは善である、と人々は無条件に思っている。カネを儲けた人間が価値ある人間だ、と人々は思っている。

僕はそう思わない。

もちろんお金持ちの中にも精錬潔白な人はいるだろうし、そうでない人の中にも、性根が曲がった人はいるだろう。

しかしあえて僕は、お金持ちであること、より正確にいえば「自分がお金持ちであると思うこと」は、倫理的な危機をもたらす可能性が高い、と思うのである。

倫理的な危機とは、すなわち、他者に対する思いやりを失ったり、独善的になったり、ルールを無視したりするような人間になる可能性が高い、ということだ。

普通の人は、お金があればあるほど人生は安全になる、と考えるだろう。でも僕はそう思わない。お金持ちになること、これは大きなリスクを抱えている、と思う。

ただの個人的な信条だ。何を青臭いことを言っているんだ、綺麗ごとをいいやがってと思う人は、そう思ってもらって全くかまわない。

僕は僕の信条を持つことで、僕自身のリスクを引き受けている。

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