2017/03/10

Keiserwerth


日本に住んでいるときは、日本社会の嫌なところばかり見ていたかもしれない。それでヨーロッパに来てから、ヨーロッパはさばさばしてていいなあ、と思ったりした。しかしときには、ヨーロッパ(という括りも大きすぎるが)社会の嫌な面にうんざりすることもある。

それで最近やっとのこと、結局のところ完璧な社会などというものは存在しない、という当たり前の結論に落ち着きつつある。

ヨーロッパ、特にドイツ周辺や北欧はかなり豊かで、おそらく現在、世界で最も住みやすい地域のひとつだろう。実際のところ、人々の生活に対する満足感はかなり高いのではないだろうか。

しかしそれでも、僕はこう思う。完璧な社会や完璧な文化など存在しない。毎日生活していれば、交通事故のように、嫌な目にあうこともある。

ところで僕はドイツで生活しているが「ドイツ人のことを好きか?」と聞かれても困る。そんなの、好きなやつもいるし、嫌いなやつもいるからだ(もちろん、実際に聞かれたら「うん、みんないい人だね」と答えるけれども)。

ステレオタイプは、話題としては楽しい。それに人が、ステレオタイプにすがりたくなる気持ちもわかる。その方が知的負荷が少なくて-要するに思考停止できて-ラクだからだ。

しかし結局のところ、ステレオタイプはある程度の汎用性はあるにせよ、個々の事例では役に立たないし、ときに有害ですらある。

よくネットで、「日本人は人種差別主義者か」みたいなスレッドがある。そうすると、実際に日本で嫌な経験をした外国人が「日本にはもう二度と行きたくない」と言ったり「日本人は人種差別主義者だ」と書いたりする。一方で「日本人はみんないい人だった」とか「日本での生活は最高だった」とか、まるで日本が楽園かのようにいう人もいる。

こういうふうに言いたい気持ちはわかる。しかしどちらも正しくない。「日本人全員がいい人である」ということは絶対にないし、「日本人全員が人種差別主義者である」ということも絶対にない。事実は極めて凡庸で、おおむねみんな普通の人で、特によくもなく悪くもなく、だけど一部にすごくいい人とすごく悪いやつがいる、というところだろう。一部に人種差別主義者がいるのは間違いがないところだと思う。

しかし、それでも、言いたい人の気持ちがわかるのが、この問題の根の深いところだ。これについてはまた別途考えたいと思う。